■ はじめに
はじめまして。
イノベーション経営法務行政書士事務所の天川大輔と申します。
当事務所のホームページをご覧いただき、本当にありがとうございました。
ホームページやフェイスブック等の文章一つひとつにも私がどういった人間なのか、どういった考えに基づいて仕事に取り組んでいるのか、できるだけ伝わるように工夫していますが、やはり実際にお顔を合わせてお会いしていないだけに私という人間が伝わりにくく、ご依頼やご相談をして頂くにあたりご不安を感じられる点もあると思います
そこでこの場を借りて、少しだけ自分の紹介をさせて頂きたいと思います。
■ 私の肩書について
私の肩書は『行政書士』です。
正直あまり知名度が高くない資格ですが、数年前に「カバチタレ」というコミックがドラマ化された影響もあり、「何をやる仕事のなのかよく分からないけど、とりあえず聞いたことがある」という方がほとんだと思います
(実際はドラマほど派手でもかっこよくもないですけどね(^▽^;)。
一般的には「身近な法律家」として、相続等のご相談に乗ったり、企業の経営者の方と複雑な行政手続に対応していくのが主な仕事と言われています。
でもいきなりですが、私自身としてはこの肩書きにそこまでこだわっているわけではありません。今の仕事をする上で便利なことが多いので名乗ってはいますが、場合によっては事務所名・肩書きから「行政書士」という名前を外してもいいと考えています。その理由は「行政書士だから〜だ」という先入観が、自分としても、他人からもまとわりついてしまうのが嫌だからです。
私が仕事をするにあたっての目的・ポリシーはただ一つ。
私がご縁あって関わらせて頂くことで、一人でも多くのお客様に少しでも『プラス』を感じて頂くためです。
自社の課題明らかにできた、整理できた、解決できた。やりたい事業がスムーズにできるようになった。事業拡張のきっかけができた。煩わしい手続きをする手間が省け、本業に集中できた。必要な情報が手に入った。分かりにくかった点がちゃんと理解できた。何だか自分も頑張ろうと思った等々。
どんな結果でもいいから『良かった』と感じていただくこと。
それが私にとって唯一であり全てなのです。
行政書士の資格はそのための手段の一つにすぎません。
もし、他の肩書きや他の方法でこの目的を達することができる、もしくは行政書士という今の資格がこの目的を達するためのブレーキとなるのなら、おそらく躊躇なく看板・肩書きを変えると思います。
■ 出身と学生時代について
いきなり熱く語ってしまいましたので(苦笑)、少しクールダウンするためにちょっとだけ自分の昔話を。
私の出身は広島県の広島市です。
この話をするとたまにお年を召した方に、「広島は原爆で大変だったね。今はちゃんと草木が生えているの?」と冗談抜きに未だに心配されることも(苦笑)。
実家は広島市内でしたが田舎でした。田んぼを横目に道端に野生しているブイブイの実(どうでもいいことですが、この呼び方をするのは広島県民ぐらいで、実はグミの実であることを最近知りました・・・)をもいでは食べながら登下校する小学時代。放課後は近くの海で釣竿をたらし、川の音が聞こえれば迷いなく飛び込み、木があればとりあえず登ってみる。
とても落ち着きがなく、当時本人としてもまさか将来デスクワークを中心とする仕事に就くとは夢にも想像していませんでした。
将来をのことをなんとなくですが考え始めたのは高校に入ったくらいでした。
その頃は朝から晩までブラスバンド部でサックスを吹き倒しており、音楽を本格的にやるのもいいなぁとも思いましたが、さすがに自分の実力では現実的でないなと思い直し普通の大学(同志社大学)へ進学。
法学部だったこともあり、法律に関わる仕事がしたいなと思い始め少しは真面目に勉強してましたが、そこは学生の街、京都。すっかり雰囲気に溶け込んでしまい、夜は友人と安居酒屋で飲み明かし、週末は神社仏閣巡り。
特に定まった将来の目標もなく、あっという間に大学生活は終わってしまいました。
■ 迷いの20代。そして転機と挫折の同時発生
その後は本格的に勉強をし直してみたいと思って大学院に入ってみたり、でも毎日研究室等人と接点の無い生活を送りすぎてすっかり人恋しくなり、反動でアパレル販売員をしたりと(普通にパルコやそごうで「いらっしゃいませ」してました)、ブレにブレていたのが20代。中途半端に司法試験を目指してみるも今から思えば完全に逃げの姿勢だったので当然撃沈。
自分が分からず方向性が見えず、不安に押し潰されそうな毎日でした。
さすがにこのままではマズイと思いながらも自分一人では何もできなかった中、一つの転機がありました。知り合いの建築士事務所の社長に声をかけて頂き、法律面を中心にホテルの事業計画作成に携わる機会があったのです。
ただそれは、自分の知識と経験の無さを痛感した場でもありました。
法律に関してはそれでもまだそれなりに対応できました。でも、肝心の原価計算や収支計画を進めるのに、勘定科目の意味が全く分からない、数字の流れが読めない、お客さんの集め方が分からない。。。
それまで本当の意味での仕事に携わったことが無かったので当然と言えば当然ですが、自分の存在価値の無さの確信的再認識は衝撃で、結構堪えたのを覚えています。
実際そんな自分を受け入れるのに時間もかかりました。当時の自分と20代の自分が歩んできた道のりの完全否定だったからです。
そして同時に、複数の専門知識、特に軸となる経営知識が無いと実務では全く通用しないと実感しました。
■ これまでの遅れを取り戻す30代前半
とはいえ、30歳近くになった自分を変えるのは容易なことではありません。
そこでショック療法というわけではありませんが、何も考えずにほとんど土地勘のない東京でいきなり転職することにしました。全く勢いだけの行動だったので、住まいのことまで頭が回らずしばらくは安ホテル暮らしです。
そして、1年なら1年と期限を決め、あえて自分が苦手としている業種の会社に籍を置きました。
前職の建築士事務所で事業計画を前に何もできなかったので、事業計画作成をメイン業務とする経営コンサルタント会社で毎日何社もの社長と面談をして事業計画を作成したり、財務諸表等数字が読めなく税金の知識も無かったので会計事務所でひたすら決算報告書に目を通したり、人前で話すのが苦手だったのでセミナーの簡単な講師をしたり。
同世代に比べて明らかに知識と経験で出遅れているのが分かっていたので、片っ端から本を読み、セミナーや研修に参加し、目につくもの何でも吸収しようとしていた時期でした。
■ 何となく先を感じ始めたので
とはいえ、この頃はまだがむしゃらにやるだけで精いっぱいで、独立なんて大それたことは思いもしませんでした。そして今から思えはかなり遠回りをして効率の悪いことをしていたと思います(案の定何度か体を壊して倒れかけました(笑))。
ただ、その頃になるとこれまでの成果が少しは出たのか、決算書を見ればその会社のストーリーがぼんやりと浮かぶようになり、それに伴い経営者の方とより近い距離でお話しができるようになりました。それと共に一つの確信も生じてきました。
革新とは、「お客様のビジネスをサポートすることへのやりがい」です。
考えてみると、これまでアパレルの販売から講師業、コンサルティング会社、会計事務所、行政書士法人まで、お客様のビジネスをサポートする仕事に一貫して携わっていました。私がその中でお客様と接点を持つタイミングというのは、何か新しい事業を始めたい、あるいはさらに業務を改善させる方法を探したい。そのために融資や国の支援策を利用したい。そのために対行政を中心とした必要な手続をしたいといった、お客様の事業にとって大切な節目です。それも前向きな発展に向かっての節目です。
そんなお客様はキラキラ輝いていて眩しく、一緒に話をしていてもとても楽しいですし、自分も気付きを得たり良い影響を受けることができ、もっと役に立ちたい、もっと自分も頑張りたいと純粋に思えるのです。
もちろんよいことばかりではなく、時にはお叱りを受けることもありました。
ただ、お客様が当初イメージしていた通りの、あるいはそれ以上の結果が出ると、「ありがとう」「一緒に仕事ができて良かった」と温かい声をかけて頂き、疲れは消し飛びさらに励みになったのです。
多くのお客様と接しているうちに気付いたことがありました。ある程度お客様の事業内情が分かってくると、話の先読みができるようになったのです。「前回は○○という課題について話をした→ということは次回は多分△△についての話になる可能性が高い気がする→一応△△の資料を準備しておこう」といった感じです。そして実際に話をしているとやはり予想していた話題になる。そこですかさず準備していた資料を出して説明をすると何で自分の考えが分かってたのかと驚かれる。そうなると一気に信頼関係が深まり、とてもいい循環を作ることができました。
この感覚を経験し始めてからというものの、「やはりこうした直接顔と顔を合わせてのサポートを、組織のしがらみにとらわれずに自分自身の仕事として極めていきたい」という思いが日ましに強くなり、「独立」という選択に至りました。
■ 独立後において
ある程度覚悟と準備はしていたつもりでしたが、いざ独立してみると想像以上に勉強しないといけないこと、やらなければいけないことが多く、1週間、1か月があっという間に過ぎていきました。
まだこの文章を書いている時点では独立してから半年しか経っていませんが、気付いたことが3つあります。
一つ目は「時間」の重要性です。
時間は唯一誰しもに平等に与えられた有限のコストだ、ということは理屈では分かっていましたが、本当の意味で実感したのは独立してからです。毎日雑務に追われて時間が足りない。しかも組織にいる時と違って定時という概念がない。そこでいかに効率化して時間を有効に使うか、時間の使い方にメリハリをつけるか、ということを常に意識するようになりました。
二つ目は「人と人とのつながり」の重要性です。
恥ずかしながら、組織にいる時は周りに誰かいるのが普通の環境でしたので、全くと言っていいほど人とのつながりの重要性に気付くことができないでいました。しかし独立して一変、その大切さが骨身に沁みました。
独立したばかりで信用も実績もまだ少ないのに温かく接してくれるお客様。同じ創業の苦しさと楽しみを嫌というほど味わっているため深いところで共感し合える創業系セミナーで出会えた創業仲間。士業という既存の保守的な業界の壁を打ち砕くため自分の身一つで挑戦し続けていらっしゃる様々な士業の先生方など。また、不思議なことにこういった意識を強く持っていると、思いがけない新しい出会いや信じられない形での偶然的な再会が増えました。「引き寄せる」ことはあると思います。
三つ目は「自分の意識の変化」です。
そこに課題はないのか、本当にこれがベストなのか、当たり前だと思い込み考えることを無意識のうちにやめていないか、根拠なき先入観に囚われていないか、もっともっと良い方法があるのではないか等々。
業務を行うときはもちろん、新聞や本を読むとき、人と会って話をするとき、街を歩くときなど、少しでも気づきを求め、発想を繰り返すことが習慣になりました。考え方と意識を少し変えるだけでアイデアの種はいくらでも見つめることができると思います。
■ 最後に
少しだけ自分のことを知ってもらえればと思っていたのですが、いつもの悪い癖でついつい長文になってしまいました。
最後まで目を通して頂いてありがとうございます。
今度は是非あなたのお話しを聞かせてください!